【話題】古城十忍さんの高校演劇審査員感想トーク
広島のウエブログ「パペット劇場ふらり旅 」に、一跡二跳の古城十忍がトークショーで語った高校演劇の審査の話題が興味深く綴られています。
要約すると、
1.演劇でありながら勝った負けたを言い合うのは高校演劇だけ
2.制限時間もあり台本選びに苦労するが、人数や時間で検索して駄作も多いネット台本を選ぶのは問題
3.演劇の実力がない学校もほめよという声があるが、学校現場の悪しき平等主義こそ問題
といったところ。
古城さんは、東京では昨年は中央地区の審査員でしたが、同地区の顧問からも、古城さんから同様の話があったと聞いています。
2.については全くその通りで、ネットこそ情報の選別能力が問われるのに、演劇経験の少ない、台本の書ける部員のいないところほど、ネットに頼らざるを得ないという実態は、何とかしたいところです。
3.について。確かに、私たち地区担当の顧問教員は、プロに審査の依頼をするときに、「初めて参加する学校もあります。できるだけ良いところを見つけて励ましてください」とお願いします。実際、ご自身の演劇観と合わない舞台を全否定して、「君たちには演劇をやる資格がない」というような言い方をする講師も、ごくまれにいたのです。その学校に二度と大会に参加するまいと思わせてしまうような講評は、できるだけ避けてほしいと思います。これは、駄目なところを無理してほめろ、ということではありません。生徒だって、自分が駄目だと思っているところにお世辞を使われても喜びません。しかし、演劇を評価する基準は多様ですし、プロだからこそ見つけられる、教員では気づかない良いところもあるのではないでしょうか。また、どんなにけなされても、よし、また良い作品を作ろうと勇気が出るような講評もあると思います。
ちなみに、古城さんには、地区大会や都大会で毎年お世話になりますが、また、大会に出たいと勇気をもらえるような講評をいつもしていただいています。
1.については、困ったことです。
大会には会場・予算・人手の制約がありますから、出場校を選ばざる得ないこともありますが、大会に推薦されるのは、他校に勝った結果ではないと考えています。はっきりと記録が出るスポーツと違って、演劇の場合は、審査員が入れ替われば推薦校が変わることもあり得ます。演劇はお客さんとの関係で公演の出来が左右されます。大会参加校に、よそに勝って上の大会に出たい、という意識が強すぎると、つい他校の公演を減点法で見てしまい、結果として大会全体をつまらないものにしてしまうでしょう。
勝ち負けにこだわる学校が出てしまうのは、大人の顧問教員の責任でもあります。全国高総文祭’05のページにも「全国の各ブロックを勝ち抜いた代表校による上演が行われ」とありますが、「上位」大会になるほど、こうした表現がとられやすいのは、私の気のせいでしょうか。
高校演劇の全国大会を「演劇の甲子園」というのも、同様に私は好きでありません。
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